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September 26, 2008

BABEL

『BABEL』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
モロッコ。山羊飼いのアブドゥラ(ムスタファ・ラシディ)は知り合いから一挺のライフルを買い、それを山羊に近づくジャッカルを追い払うためとして息子の兄弟アフメッド(サイード・タルカーニ)とユセフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)に与えた。すると、兄弟は遠くの標的めがけて遊び半分で射撃の腕を競い合い、ユセフが険しい山間部を走ってくる一台のバスに引き金を引く。そのバスには、一組のアメリカ人夫妻リチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)が乗り合わせていた。彼らは、生まれて間もない3人目の子供を亡くしたことがきっかけで壊れかけた絆を取り戻そうと、2人だけで旅行にやってきた。ところが、どこからか放たれた銃弾が運悪くスーザンの肩を直撃。リチャードは血まみれの妻を抱え、医者のいる村へと急ぐ。一方、夫妻がアメリカに残してきた幼い子供たちマイク(ネイサン・ギャンブル)とデビー(エル・ファニング)の面倒をみるメキシコ人の乳母アメリア(アドリアナ・バラーザ)。息子の結婚式に出るため帰郷する予定が、夫妻が戻らず途方に暮れる。やがて彼女は仕方なく、マイクとデビーも一緒に連れてメキシコへと向かうのだった。日本。妻が自殺して以来、父娘関係が冷えきっている東京の会社員ヤスジロー(役所広司)と女子高生になる聾唖の娘チエコ(菊地凛子)。またチエコは満たされない日々に孤独と絶望を募らせていた。そんな中、モロッコの事件で使用されたライフルの所有者として、ヤスジローの名前が浮かび上がる...。

私にとって苦痛な143分だった。バベルの意味をきちんと知らなかった事が最大の要因かもしれないが、そうだとして、【 言葉が通じないために人々は混乱の世界に生きる事となった 】 ことと、どのくらいリンクしているのか?。そもそも楽しめる作品なのか?世界言語があれば争いは起きないのか?。それは違うだろうと思う。

この作品では”銃”が登場し、全てのきっかけとなっている。言葉の違いは二次的な弊害として描かれる。言葉というキーワードを強調するためにチエコを登場させているものの、やはり話せないジレンマからくる絶望感ではなく、親子関係の溝から始まる自虐化にとどまっており、チエコを登場させている意味が分からない。日本をなめてるのか?とも思える描写に憤りすら感じる。全裸になる体当たりの演技は凄いと思うものの、本質からずれてしまっており、逆に悲しく感じてしまった。これならば、まだ「クラッシュ」の方がバベル的ではなかったか?と思う。

幾つかのストーリーが銃で繋がるわけだけれど、一つ一つの話が非常に浅く、特にきっかけとなったモロッコのエピソードが悲しいほど空振りしているため、いつになっても面白いと思えない。音楽や映像的な魅力も感じないし、俳優の演技的には菊池凛子が奮闘しているものの、悲しいかな満足するに至らない。
彼女の次回作に期待したい。
★1

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September 24, 2008

おくりびと

おくりびと』 を劇場で鑑賞。

Okuribito

あらすじ:
所属する東京のオーケストラが解散し職を失ったチェロ奏者の大悟(本木雅弘)は演奏家を続けることを諦め、妻の美香(広末涼子)を連れて故郷の山形に戻ってくる。早速、求人広告で見つけたNKエージェントに面接に出かけ、その場で採用になるが、それは遺体を棺に納める納棺師という仕事だった。戸惑いながらも社長の佐々木(山崎努)に指導を受け、新人納棺師として働き始める大悟だったが、美香には冠婚葬祭関係の仕事に就いたとしか告げられずにいた。

どこか無意識に避けていた。作品の中でも納棺師を忌み嫌うシーンを何度か見たが、自分も同じだった。”死”と向き合った経験が殆ど無く、それ故か、”恐ろしい”という感覚だった。なのに、何故この作品を見てみようと思ったのか?は、実の所よく分からない。世の評価が気になり見てみたくなった。少しだけ歳をとったせいで、自分でも分からない何かが変わってきたんだろうと思う。いや、たんなるミーハーか...。(*´д`*)

この作品は、思いやる心や、その動き一つ一つから”死”と正面から向き合ってみせて、あなたなら”死”と向き合った時どう思う?と問いかけてくれ、考える機会・時間を与えてくれる。見ていてそんな気がしました。おくり出すための準備。単に最後まで美しくという見た目だけではなく、家族達おくる側が心の準備をするためにも必要な時間。最後の愛情表現の時も見届け、その心ごとおくる。そんな職業を正面から見た時、”恐怖”から少し解放され、何かから救われた感覚でした。

そう感じたのも、大悟や佐々木をはじめとした俳優陣が良かったからだと思います。いかにもな感じの佐々木、戸惑いながらも納棺師に魅せられてゆく大悟。そして、笑ってはいけないのに笑えてしまうシーンが巧みに挿入された脚本があってのこと。事務員の上村百合子(余貴美子)や、火葬場で働く平田正吉(笹野高史)らの言葉もよかった。騒々しくはないけれど、しんみりし過ぎていない。そのバランス感が2時間という作品を濃密で一瞬のものにしたんだと思う。音楽もよかった。大悟の演奏シーンも素人からすると殆ど違和感を感じることもなく、作品に力を与えていたと思う。

こうやって書いてみても否のうちようがないんだけれど、満点では無い気がする。まだまだ”おくる側”として心の準備が足らないということだろうか?。ラストシーンで父親をおくるわけだけれど、必要だったような、少し強引だったような、納棺師の話が家族愛の話に変わってしまったような気がして、そこが気になったといえばなったかな?。
★4

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September 23, 2008

マーサの幸せレシピ

『マーサの幸せレシピ』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
ドイツのフランス料理店で働くマーサ(マルティナ・ゲデック)は絶対味覚を持つ一流シェフだが、自分の殻に閉じこもっている女性だ。ところが、急逝した姉の 8歳の娘リナ(マクシメ・フェルステ)と一緒に暮らすことになり、生活が大きく変わり始める。マーサの料理も子守の女性も拒むリナだったが、陽気なイタリア人シェフのマリオ(セルジョ・カステリット)に心を許し、休日はマーサの家で彼の料理を食べたいと言い出す。当初彼を嫌っていたマーサも、マリオの優しさと愛情のこもったイタリア料理に心が和み、次第に彼を愛し始めていた。そんな矢先、マーサはリナが学校をさぼって徘徊している事を知り、さらには父のいるイタリア行きの切符を買おうとして補導されてしまい、自分が母親代わりになれないと知り落ち込む。その夜、料理を持って家にきたマリオと遂に結ばれるのだった。翌朝、マーサが探してあげていたリナの父ジュゼッペ(ディエゴ・リボン)が現れ、リナを引き取って行く。マーサはリナを失って心を痛め、マリオにきつくあたり、店では店長と口論の挙句に辞めてしまう。そんなマーサは決心し、マリオと共にリナの元へ向かうのだった。そして2人は結婚する。

リメイク版「幸せのレシピ」のエントリはこちら

本当にリメイク版はオリジナルを尊重したんだなぁという印象。基本的に何から何までそっくり。なので、ストーリーに関して文句無し。と言いたい所なんだけれど、終わり方に関してはハリウッド的”分かりやすいハッピーエンド”の方が好きかもしれない。どういう映像で幸せを表すか?は好みの問題。結婚して終わってもいいと思うし、そういうシーンは無いけれどリナとマリオ、3人の店で幸せそうに料理を作るシーンで終わってもいい。

キャストを比較しても五分五分のいい勝負。シェフはオリジナルのマルティナ・ゲデックが好きだけれど、スーシェフと娘はリメイクの方が好き。この辺も微妙な差なので大きな問題ではなく、どちらも役者が合わず破綻なんて事はないので安心して見ることができた。とはいえ、よくよく見ると、子役の力量はアビゲイル・ブレスリンの方が勝っているかなと思うけれど。(Λ。Λ)

映像は少し暗い感じだったのが気になった。が、実際はそうだよなぁと思うとオリジナルの方がよく感じなくもない。但し、ちょっとだけ映る料理の美味しさに関してはリメイク版の勝ちかもしれない。本当に甲乙つけがたいクオリティで、見ていて嬉しくなってくる。
★4

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めがね

めがね』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
春の浅い頃、タエコ(小林聡美)はとある海辺の町の空港に降り立った。大きなトランクを一つ提げて、民宿「ハマダ」に宿をとった。早く着いたね、と宿の主人・ユージ(光石研)にそっけなく出迎えられる。観光する所もない田舎町だが、ハマダの近くには不思議な人々が集っていた。毎朝、浜辺で行われる「メルシー体操」、近所でぶらついている高校教師のハルナ(市川実日子)、笑顔でカキ氷を振舞うサクラ(もたいまさこ)。彼らのマイペースさに耐え切れないタエコは、ハマダを出て、町でもうひとつの民宿「マリン・パレス」に移ろうとするが...。

「かもめ食堂」と同クオリティを期待し、まんまとしてやられた。┐('~`;)┌
前向きな緩さと、日本人である事の嬉しさ、細かいエピソードが”ほんわか”と温めてくれる。そんな作品かな?と思っていたら、基本後ろ向きで、さもすれば労働者の汗は”悪”のような描写、どのプロットも楽しくない。”なんとなく不安になったら80メートル先を右”って...なんじゃそりゃ。気がついたら寝ていた。もしやと思い見逃した部分を見てみたが、やっぱりつまらなかった。

疲れた役を演じた小林聡美は 【そうなっても】 わからなくもないが、基本的に気晴らししようとしているのに、何故その島?という基本的な疑問が頭から離れず、ノンビリする、人生に緩急つける事で鋭気を養うというメッセージが見え隠れするものの、やはり設定に無理があったように思う。せめて、クスッと笑える部分がちりばめてあれば印象も変わったんだけど、ただ黄昏れるだけって...成立していない気がする。他の役者も同じ。っていうか、脚本により死んでしまっている感じかもしれない。

島の絵は確かに綺麗だなぁと思う。せっかくロケーションがいいのに、本当にもったいない。また、めがね というタイトルも表面的で、作品の本質にリンクしているように感じられず残念。本当に疲れ果て、ぼぉ~~っとしたい人にはピタッと合う作品なのかもしれない。人を選ぶ作品だ。
★1

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September 18, 2008

武士の一分

『武士の一分』 をTVで鑑賞。

あらすじ:
藩主の毒見役を務める侍、三村新之丞(木村拓哉)は妻・加世(檀れい)と慎ましくも幸せに暮らしていた。だがある日、毒見の際に食べた貝の毒に中り失明してしまう。この一件から一時は絶望するも加世の支えもあり、光の無い世界に慣れてきたある日、加世と番頭・島田藤弥(坂東三津五郎)との不貞を知ってしまう。島田に体を預けることを引き換えに家禄を保ってきたことを知った新之丞は加世を離縁。その後、実は島田は加世を弄ぶために家禄を口実に加世を騙したことを知り、島田に対し、自らの「一分」を賭けて果たし合いに挑む。

役目とはいえ自ら”くだらない”と思っている毒味の仕事で失明。この絶望感は非常に良くわかる。自分も片目が見えなくなった事があるが(手術で少し見えるようになったけど)、本当に将来不安を感じた。もし残った片目も視力を失ったら...。いっそ...とも考えた。その時の経験から言うと、木村拓哉の演技は表面的過ぎる。本当に不安で死んでしまおうか?と思った時、何言ってるんだか分からない、言葉に出来ない、そんな”混乱した感情”や”間”が存在するのではないか?と思うのだけど、そういう演技で心理を見せる部分が感じられない。感情むき出しでわめき散らし言葉でいちいち説明してくれるのは分かりやすくて有り難いと思う時もあるが、今回は邪魔だなぁと感じた。また、目が見えなくなっても部屋の中ならそれなりに生活出来る。これは”鉄腕DUSH”という番組で実験していたが、その通りだと思う。そのくせ決闘の時は空気の流れが見えているような超人ぶり。このギャップが作品の重さを無くし、映画から2時間ドラマになってしまった原因の一つかな?と思う。

ストーリー的にもご都合主義が感じられ拍子抜けした。特に終盤は強引で、そこまで無理してハッピーエンドにしなくてもそれなりに伝わったんじゃないかなぁ...と思う。その辺も映画というよりドラマ的と感じた所かもしれない。でもまぁ、キムタク出演の2時間ドラマだと割りきれれば分かりやすいストーリーだし粗も許されるのかもしれない。

山形県が舞台だが、比較的屋内のシーンが多く、あまり山形を感じる事が出来なかった。言葉は山形弁なんだろうけど、せっかく山形という舞台で撮影しているのだから、その辺も活用出来なかったのかな?とちょっと残念。檀れいさんと中間・徳平を演じた笹野高史氏の演技で救われている感じかな?。
★3

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September 11, 2008

20世紀少年

20世紀少年』 を劇場で鑑賞。

20

あらすじ:
1969年。小学生のケンヂ(唐沢寿明)は、同級生の仲間たちと原っぱに秘密基地を作り遊んでいた。彼らは、20世紀の終わりに人類滅亡を企む悪の組織とそれを阻止する正義の味方といった物語を空想しては、それを“よげんの書”に書き記し、楽しんでいた。1997年。大人となったケンヂはコンビニを経営しながら、失踪した姉キリコ(黒木瞳)の赤ん坊カンナの面倒を見ていた。その頃、巷では謎の教団を率いる正体不明の教祖“ともだち”が出現、各地で不穏な事件が起き始める。やがてそれが少年時代の“よげんの書”にそっくりなことに気づくケンヂ。20世紀の終わりが迫る中、ついにケンヂはかつての仲間たちと共に人類滅亡の阻止に立ち上がるのだったが...。

原作既読者です。もうお分かりですね?。そう...。<<< ガッカリ (つд`) >>> しました。 単に原作をトレースしただけ。似た役者を集め何から何まで似せて作ってみた。結果、何を見せたいのか分からない、発散しまくった仕上がりとなってしまった...。確かに原作はそうかもしれないけど、せっかく大金使って映画化するのだから、作る側の解釈があって、2時間という枠の中で見せ場を作って欲しい。そう期待するのは普通なんじゃないかな?と思う。

原作は確かに登場人物が多い。が! 実は真のキーマンはそれほど多くない。漫画は自分のペースで、しかも何度も読み返せるから整理出来るとして、映画で同じことをやられると人間関係を整理出来ないままストーリーだけ先行してしまう。細かいネタ似悩んだり、あの人は何者?となる。見る前からそういう不安があったが的中してしまった。おそらく原作を知らない人は正義の味方(しかも小学生時代と成人)と敵を区別するだけで相当労力を使ってしまったのではないだろうか?と危惧する。【予言の書】【ともだち】がキーワードなのだから、もっとそこに集中すべきだったと思う。

最初に原作に似た役者を選んだと書いたが、一番肝心なケンジが違う印象を持った。これがまた痛い。唐沢寿明氏は良い役者だと思うが、見る前からスマート過ぎるのでは?と思っていた。予想通りパンチが無い...。演技はうまいが雰囲気的な荒々しさ(雑さ)が感じられない。単なる記憶喪失的なバカキャラに見えてしまう。もう少し勢いで生きてきたぜ!的な雰囲気のある役者を使うべきだったと思う。子役も酷い。とにかく成人となった今に似ているだけ。セリフは棒読みだし演技と呼べるレベルじゃない。ドンキーがぎりぎりOKかな?くらい。そのドンキーも役に救われているところもある気がするけど...。

音楽もパンチが無い。もっとハートに響くはず。ボリュームの話では無いんだけど、制作者は分かっているのだろうか?と疑問を感じる。うまくないけど、とにかくロックしている。結果、どこか印象に残る歌。になるハズだったが、あれでは集会に登場し歌っても気づかないだろう。今後の話だけど。(^^; とにかく、自分の”歌”ではなくカラオケになってしまっている。ギターのアップシーンを挿入し盛り上げようという試みが更に事態を悪化させている気がする。

ストーリー、キャスティング、演技、音楽 全て駄目。それなりに期待していたというのを差し引いても酷い仕上がり。次回以降の挽回に期待したい所だけど、既に撮影の殆どは終わっていることを考えると、どうやら次からはDVDレンタルで済ませていいような気がする。本当に残念。
★3

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