« 動機 | Main | 間宮兄弟 »

February 24, 2007

ブロークバック・マウンテン

『ブロークバック・マウンテン』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
1963年初夏、牧場主・アギーレの元に2人の青年が訪れる。彼らはブロークバックマウンテンで羊を放牧し、羊を守るために雇われ、羊とともに山でキャンプする事になる。一人は地元出身のイニス・デル・マー(ヒース・レジャー)で、両親を無くし、兄弟も結婚し行き場を無くした無口な男。しかし放牧の仕事を終えたらアルマ・ベアーズ(ミシェル・ウィリアムズ)と結婚する予定。もう一人はテキサス出身のジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)で、牧場の息子だが、ロデオで生計をたてようとしていた。
イニスが無口であったため当初会話は殆ど無かったが、次第に打ち解けあい、寒い夜、ジャックはイニスをテントに誘うのだった。その夜に2人は結ばれ、それぞれ地元で家庭を持ってからも、あの山での日々が輝かしく脳裏から離れないのだった。その後の2人は?。

最初はやっぱり拒否反応がありましたよね。同性同士が愛し合う。確かに自由ですから他人が干渉すべきではないし、構わないと思うんですが、それって他人事だからなんじゃないのかな?とも思うわけです。父親とか、友人が同性愛者だったらどうなんですか?って問われたら...絶句すると思いますね私は。「真剣に愛し合っているんだから認めてよ」と説得され目の前でその真剣さを見せられて納得出来ますか?って事です。私は無理。

じゃぁ、イニスが女性だとしたら?。そう考えるとこの深い愛の物語りは恐ろしく綺麗なものに変わってきて、出会いから別れまでそつ無く描かれており、冷静に「愛とは?」を考える事が出来ます。でも、そうだとして、無駄は無いけれど特別な何かを持っているか?と考えると微妙。やっぱり同性愛というキーワードというか、男同士だからこそ生まれる苦しさが必要で、その苦しさと愛というトレードオフのバランスが本作を傑作に押し上げたのだろうと思うんですね。

そこに私は苦しみます。同性愛はやっぱり嫌。でも作品としては同性愛だからこそ成立したという事実。憧れるのと愛するのは別なんですよね。男だって男に惚れる事はあります。それは理解出来ます。心の底から相手を必要とするのも分かります。でも、同性を愛し、そういう行為を良しと出来ないんだなぁ私は。

作品では殆ど前置きなしで行為に移ります。その突然の展開にも驚きました。愛する事に時間という概念は無い。というメッセージかもしれませんが、少し強引過ぎる気がします。それまで殆どまともな会話もなかったのにいきなりですか???って絶句し、苦笑してしまいました。あのシーンは必要なシーンですが、もう少し説明が欲しかったですね。

役者2人の熱演にはホトホト参ってしまったのは事実です。物凄い体当たりの演技で、自分の可能性を探すため完璧な”役者”になっていましたね。とにかく素晴らしい!この演技は絶対に見ておくべきだと思います。そして、イニスの妻を演じたミシェル・ウィリアムズも表情といい文句無しの演技で、総じて役者は皆素晴らしく、役者が自分試ししているような静かな気合いを感じました。

ワイオミングの美しい自然はこの物語りに花を添えています。テキサスの枯れた感じも効果的でした。控えめながら、映像と音はこの作品に間違いなく厚みを与えていると思います。

「純愛作品」として素直に受け入れる器を持っていない私は苦しんでいます。それは、死ぬほど愛した経験が無いからかもしれません。
しかし見た事を後悔はしていません。それは本当です。
★3

|

« 動機 | Main | 間宮兄弟 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/80479/14031476

Listed below are links to weblogs that reference ブロークバック・マウンテン:

» 牧場物語は楽しいよ [牧場物語 キミと育つ島]
牧場物語のゲームを子供が楽しそうにやってます。。 それって何?ということで私の硬い頭でそれなりに調べてみました。 [Read More]

Tracked on February 25, 2007 at 02:31 AM

» NO.179「ブロークバックマウンテン」(アメリカ/アン・リー監督) [サーカスな日々]
大都市では「ゲイ解放運動」が進んでいたときも、 西部ではホモセクシュアルは秘匿されなければならなかった。 ゲイやレスビアンの思想を辿ってみれば、旧約聖書のダビデとヨナタンの関係にまで遡る。このダビデに関する崇拝は、ルネサンスのミケランジェロの「ダビデ像」にまでつながっている。 ゲイやレスビアンの錚々たる人物史は、アウグスティヌスによって、1千年近く禁忌にされたというが、思想で言えば、ソクラテスからフーコ... [Read More]

Tracked on February 26, 2007 at 04:41 PM

« 動機 | Main | 間宮兄弟 »