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January 31, 2007

リトル・ミス・サンシャイン

リトル・ミス・サンシャイン』 を劇場で鑑賞。

Littlemisssunsine

あらすじ:
ばらばら家族が、娘の「リトル・ミス・サンシャイン」という美少女コンテスト?出場の夢を叶える為におんぼろワゴン車に乗り込んで会場へ向かうことになるのだが、途中、幾多のトラブルを乗り越え、ついに”負け組”家族にも
ご褒美が...あるのか???。

”普通”と呼べる人間がこの家族にいるのか?というくらい全員がなんらかの癖を持っているところがポイントで、そのはちゃめちゃっぷりが受け入れられないと冒頭でつまずくことになってしまうのだが、幸いに私は冒頭の食卓シーンでバッチリこの世界に入り込むことに成功した。決して長くないこの食事シーンで家族構成を見事に伝えるあたり脚本の巧さを感じる。

怪しい「人生成功術」を出版し”勝ち組”になりたい夫。
ヘビースモーカーで、しかも食事をつくらない嫁。
家族嫌いで空軍入隊まで喋らないと誓った息子。
少しお腹が出ていて身長も小さめ、大きな眼鏡が特等的な娘。
ドラッグ中毒で老人ホームを追い出された爺。
そして、同性愛者で自殺未遂したばかりの嫁の兄。
そして、人だけではなく車までポンコツというのもポイントで、何からなにまで”負け”てる家族なのである。この徹底ぶりがなんとも潔くて気に入ってしまう。

CGを駆使して「絵」を見せるのではなく、本と役者で勝負し「映画」を見せてくれる事に成功した本作品は、家族再構成の過程で”負け組”だからこそ可能な”勝ち方”を教えてくれる佳作である。

悲劇を笑いとばし、”負け”を感じさせないパワーが最高で、車を押しがけし順に飛び乗るシーンは何度見ても大好きなシーケンスである。キーマンは爺で、とにかく最初から最後まで影響力の強さは必見ものであり、その爺の影響を受けた純粋な娘がなんとも微笑ましい。

そして、なんと言っても最大の見せ場は、色覚異常により飛べない事が分かった弟を娘が無言で慰めるシーンかもしれない。遠くから家族が見守るなか、2人の一瞬のコミュニケーションは美しいシーンだし、無言だからこそ成立した見事な脚本と演技に魅せられてしまった。
★4

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January 30, 2007

それでもボクはやってない

それでもボクはやってない』 を劇場で鑑賞。

Photo

あらすじ:
フリーター・金子撤平(加瀬亮)が面接に向かう電車で痴漢に間違えられる所から始まる。駅事務所から警察へ、取り調べで当然のごとく容疑を否認するが、犯人扱いで話などろくに聞いて貰えず留置場に拘留されてしまう。当番弁護士に示談をすすめられ、混乱し無罪を主張する。一方、友人・斉藤達雄(山本耕史)と母親・豊子(もたいまさこ)が事件を知り、刑事裁判を引き受けてくれる弁護士を探す。元裁判官の弁護士・荒川正義(役所広司)と部下の新人弁護士・須藤莉子(瀬戸朝香)に辿り着き、痴漢の弁護を嫌がる須藤莉子に荒川正義が「痴漢冤罪事件には、日本の刑事裁判の問題点があるのだからとにかくやってみなさい」と促す。ようやく徹平は弁護人と面会をはたし、とにかく無罪の主張に終始するが、起訴され裁判が始まる。裁判初期は裁判官・大森光明(正名僕蔵)の「無実の人を罰してはならない」というポリシーから公平な裁判が進行するが、突然、裁判官が室山省吾(小日向文世)に代わり一変する。果たして判決は無罪か有罪か?。3%の仲間入りが出来るのか?。正義は勝つのか?。

この映画が与える影響は計り知れないと感じました。それほど恐ろしい現実を見てしまった気がする。例えば、女性に「この人嫌い!」って思われ、いきなり「痴漢です!」って言われたらもう逃れられないんですよ。裁判して有罪確定です。後はやってもいない罪を認めて罰金を払うか、警察に連行される前に逃げるしかない。
そんな馬鹿なことってありますか?って事です。

徹底したリアリティの追求。キャスティングが成功し、監督の意図した通り裁判そのものが主役になっています。人ではなくシステムが。始まりから終わりまで...裁判ってどのように進められるの?という疑問に真正面から取り組んだ作品で、しかも観る側を飽きさせない巧さ。痴漢という犯罪がベースである事も大きいし、なんだそりゃ?と考えているうちにもどんどん進行してゆくテンポも丁度良い。

警察、検察、裁判所がある方向に向いてしまっている現状をハッキリ突きつけられ、直感的に「そりゃおかしいだろ?」と思ってはみるものの、個々には一般企業と同様に成果主義であるならばそうなるか...と変に納得してしまうものがある。
穿った見方をすれば、起訴されたら99.9%有罪となるなら裁判なんて不要だろ?という結論すら見えてくる。それこそおかしいのだが...。

さて、加害者視点を一転、被害者視点になってみるとどうだろう?。疑わしきは罰するべきか、許すべきか?。立場が変わっても結論は変わらないようだ。やはり確実に有罪である証拠が無い限り無罪とするべきなのだろうか?。
「12人の怒れる男」では、証拠に疑問を感じたら有罪には出来ないと1人の陪審員が単独奮闘し、ほぼ有罪で決まっていた判決をひっくり返し無罪となった。このような成果評価に左右されにくい判決システムが無ければ解決出来ないのだろうか?。しかし、陪審員を買収し判決を操作するという映画も観た記憶があり、陪審員制度すら既に危ういのかもしれない...。最終的には、人が判断をする以上、完璧な判断は難しいのだが、限りなく正しい判断を下すシステムは必須であり、現在のシステムがそれではない事は明白のようである。

で、最終的に自分が裁判官だったらどのように判決を下すのだろう?。劇場出口に判決箱が設置されていた。少し呆れてしまった。
★5

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January 25, 2007

ピーナッツ

ピーナッツ』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
東京でスポーツライターをしている秋吉(内村光良)がスクーターで地元九州まで帰ってきた。そして、解散寸前の草野球チーム「富士沢ピーナッツ」を、昔自分がいた時のように!とメンバを探す。一方、閑散とした商店街。町は再開発の波が押し寄せており、野球場も対象範囲だった。そんな事から裏で野球賭博の話が持ち上がり、再開発企業の推進するチーム「東和ニュータウンズ」と、「富士沢ピーナッツ」が対戦する事になる。
チームがまとまってきた時、秋吉は帰郷した本当の理由をメンバに伝える。スランプ脱出のエピソードが欲しかったと...。そこから本当の意味で「富士沢ピーナッツ」草野球物語りが始まる。

内村プロデュースのこの作品。出演者も見慣れた顔ぶれがずらりと並ぶ。
酒屋店主・相良(三村マサカズ)、CD店店長・宮本(ふかわりょう)、無職・文野(大竹一樹)、小料理屋「一鉄」主人・勝田(ゴルゴ松本)、ピーナツマネージャー・赤岩(奥貫薫)、秋吉の恋人・宮島(桜井幸子)、フリーター(くりーむしちゅー有田)、飲み屋の客(竹中直人)、警官(原田泰造)。

この作品は再生の物語りでした。町の再生。チームの再生。そして人の再生。人の再生って書くと少々痛々しい感じがするけれど、本作品はそういう重い雰囲気ではなく、ギクシャクした恋人が戻ってきたり、友達が出来たり、そういう事です。

なんとなくチームが復活し、なんとなく試合が決まり、なんとなく色々とトラブルが起きて、なんとなく試合が始まり、なんとなく波乱があって、なんとなく終わる。話を複雑にせず、あくまで草野球が主人公である物語り。「たかが草野球」に向かう真剣さが見る者を引きつけ、時折軽い笑いでリラックスさせてくれる。嫌味な笑いではないのが好印象だし、俳優の個性を生かしノビノビと演技させているのが大成功していると思う。普段見ているのと変わらない安心感がある。
ドラマからチョットだけ飛び出した感じの良作でした。
★3

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January 22, 2007

ロード・オブ・ウォー

『ロード・オブ・ウォー』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
ユーリー・オルロフ(ニコラス・ケイジ)はギャングの争いを目撃し、レストラン経営より武器商人となる事を選択する。商品となる武器は、アメリカの処分品であったり、冷戦終結したソ連から銃や戦車、戦闘ヘリまで調達可能だった。インターポールのバレンタイン刑事(イーサン・ホーク)にマークされながらも、法の隙間や賄賂を巧に使い分けて国を相手に商売する事もあった。ついに妻の不信感が爆発し、ユーリーの隠し倉庫の存在があかるみとなりバレンタインに逮捕されるが、上からの圧力で釈放となる。今やアメリカすらユーリーを必要としているのだろうか?。

武器というキーワードで、実際の売人達の情報をもとに戦争の表と裏を描いた佳作。
武器商人だけではなく、常任理事国であるアメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国が最大の武器供給者である事を指摘して締めくくっているのがなんとも皮肉たっぷりである。

武器商人・ユーリーが、やり手のサラリーマンよろしくスーツを身にまとい武器をさばいてゆく姿をニコラス・ケイジが見事に演じており、あまりのはまり役に怖さを覚えた。やっぱりそうなのだ...彼らは先の事なんて知ったこっちゃない。タバコを売るのと同じ、ビジネスなのだと再認識することになるし、世界を知る勉強にもなろう。最後にユーリーは言う。自ら戦場へは行くな。とても印象的な言葉だ。

オープニングで弾丸の製造から輸送、使用後までを見せられるが、まさに流れ作業的に消費されてゆく世界があって、それはおおよそ大国が双方をけしかけて造り上げたシミュレーションゲームの世界。戦局をみてバランスをとり、利益を生み続けるのだ。

この作品は戦争とエンターテイメントの両立に成功しており、記憶の中では非常に珍しい作品だと思う。先日の「硫黄島からの手紙」とは違う角度から戦争を見たユニークなアプローチに脱帽する。アンドリュー・ニコル監督に関してそれほど詳しくないが、非常に興味深く見逃した作品を見てみたくなった。
★4

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January 21, 2007

陽はまた昇る

『陽はまた昇る』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
日本ビクターがVHS(Video Home System)を開発・発表するまでの経緯を、主人公・加賀屋事業部長(西田敏行)と、大久保次長(渡辺謙)を軸とした総勢240名のノンフィクションドラマとして描く。そして、加賀谷を影ながら支えた家族の物語りでもある。

今の日本に失われつつある(既に失った?)ものがココにはある。それは「根性」であり、「信頼」であり、「希望」とか「夢」である。
その根底には「人」がでーんと居座っていて、その泥臭い部分があってこそ、情緒を楽しむ心とか、守るべき者のために食いしばる根性が生まれる。そういう所が丁寧に描かれていて、俳優陣もその心を理解し我々に伝えようと必死になっているのが分かる。

アメリカを代表する組織的分業制という仕組みから良い製品は生まれない。しかし、一人の天才がいて、その人が自由に行動出来れば話が変わってくる。そして、組織が大きくなるほど天才がいる可能性は高くなる。だからアメリカはやれている。日本では仕組みだけ真似をしてみたものの大きさで負けているのだから、最近は良い製品が生まれないのも当然なのだ...と改めて認識した。

いわゆる”成果主義”という悪魔の仕組みで、これにより規律を重んじ、期限内に成果が無ければ評価はマイナス。これじゃぁ挑戦的な目標や発想は生まれるハズがない。出来るかどうか分からないが、とにかく夢を語り、挑戦出来るような仕組みを今一度作る時期にきている事を教えてくれている。

加賀屋事業部長の台詞に「楽な戦いで勝つより、厳しい戦いで負けることが人間を成長させる」というものがあった。その先に夢があるから厳しい戦いに身を置くことが出来るのである。感動するためには山に登らなければならないが、山に登るためにいちいち許可が必要では誰も登ろうとはしない。

今の開発者で市場(ニーズ)を知っている人間がどれだけいるだろうか?。勿論いるんだけれど、何処か最終的には保守的思考になっていやしないだろうか?。価格では東南アジアに太刀打ち出来ず、開発力では欧米に勝てない。唯一の品質も怪しいもんである。

10年程前、”寝たらそのまま人生終わるかも...”という日々を送っていた事を思いだし、私も開発者のはしくれとして最近の気合い不足はどうなのよ?って考えてみるフリをしてみたりする。(*´д`*)

脱線したが、そういう所をしっかり見せてくれる作品であり、見る価値のある仕上がりです。
家族の存在も大きいですよね。
★4

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January 20, 2007

ファイヤーウォール

『ファイヤーウォール』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
地方銀行でITセキュリティを担当するジャック・スタンフォード(ハリソン・フォード)。彼は大手銀行との合併によるセキュリティ予算の削減を懸念し、同僚が持ちかけた独立開業の話に戸惑っていた。ビル・コックス(ポール・ベタニー)がジャックの頭脳に目をつけたのだ。しかし本当の目的は、彼によるセキュリティ構築ではなく、彼んによるセキュリイティ突破によって電子的に銀行強盗する事だった。家族を人質にとられ、行動を監視される中でジャックは敵を欺くべく翻弄する。

最初の感想。ファイヤーウォールっていうからもっとデジタル的な面白さがあるのかな?と期待していたら、核心部分はアナログで肩透かしくらっちゃったよ...って感じですね。

結構首をかしげるシーンが多いんですよ。ファイヤーウォールというか、クラッキングについて勉強したっぽいのは見てとれます。まず、シュレッダーから個人情報を得るシーンですね。で、電話を使い身内を装って内部事情を調べて...と期待するわけですが、そこまでは無いんだな。

で、無理矢理にデジタルっぽくするため、アイテムがじゃんじゃんでてくる。無線マイクとカメラでジャックの行動を監視してみる。ジャックの会社PCをどうやってか監視し、作業中の操作を無効にしてしまう。普通に考えたらリモート接続しているとしか思えないんですよ。セキュリティ担当が外部からファイヤーウォールを越えて、さらにguest権限のユーザにリモート接続を許している?あり得ないでしょ?。じゃぁキーロガーとかトロイの木馬系?今ならセキュリティソフト入れておくのは基本でしょ?。どうやったって侵入には無理があり、ジャックのPCに侵入出来るだけのクラッキングスキルがあるなら、誘拐とかせずサーバーまで侵入すればよい。銀行の全システムをダウンさせたプログラムも嘘っぽい。とまぁ業界にいる人間にとっては冒頭の数分で駄目をだしてしまうわけですね。極めつけは自宅のセキュリティです。これは分からずジャックから聞き出すんですよ。なんじゃそりゃ。┐('~`;)┌

で肝心の銀行強盗は、サーバーエリアに入っていって、ファックスのスキャナセンサとiPODを組み合わせ画面をキャプチャ。OCRでテキスト化し、ジャックが会社のPCから送金。もうねぐちゃぐちゃですね。

その後は家族救出のため体をはった犯人との戦いになるわけですが、チョット動きが...。(Λ。Λ) 犯人は仲間割れするし、人質に犬まで含まれてみたり、わけわからない脚本ですね。ハリソンフォードは好きなんだけどなぁ...。残念です。
少しおまけをつけて ★3

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天使の卵

『天使の卵』 を読了。

あらすじ:
19歳の画家志望の予備校生・一本槍歩太が、8歳年上の精神科医・五堂春妃に一目惚れする。歩太には恋人がおり、名前は斉藤夏姫と言ったが、春妃の妹である事を知る。春妃は結婚し、夫を亡くしていたのだ...。そして春妃は入院している歩太の父親の主治医となった。夫の死、患者の死、そして妹を裏切る歩太との関係に苦しむ。そんな時、衝撃の事故が起きて...。

小説すばる新人賞と言えば荻原浩氏の「オロロ畑でつかまえて」を思い出す。初々しいだけではなく、次が気になる思いにさせてくれた娯楽小説であった。そういう事もあり、また映画化!という帯に誘われ手に取ったみた。

最初の感想。なんだこれ?。読みやすいんだけど何も残ってない...。少し時間をおいてみた。やっぱり変わらない。┐('~`;)┌

これで恋愛という部分に真正面から向き合っているんだろうか?。審査員の方はむしろ複雑化しすぎてやしないだろうか?だから少しのストレート性に負けていないか?。この作品にパワーはなく、あまりに普通過ぎて、そして伏線が非現実的過ぎてギャップに苦しんだだけだった。夫が自殺し、患者が自殺し、その弱みにつけ込む若造と、安易に受け入れ避妊に失敗する30才近い女。そんな設定でだらだらと書かれても困ってしまう。最後の最後、1行でひっくり返そうという試みは否定しないが、それまでが退屈過ぎたのが致命的だったと思う。

恋愛というより、生と死の対比を前面に出して「生きること」を書いて欲しいと思う。記憶の世界に生き、過去の世界から解放され生きてゆくさまを書いたらどうだったんだろうか?。「現実と折り合いをつけてゆく」という葛藤。

既に映画化されているようだが酷評のようであり興味も失せた。まぁなんとなく分かる気がする。(^^;

[ 書庫データ ]
天使の卵
著 :村山 由佳
訳 -
集英社文庫 390円 ?版 208p ISBN4-08-748492-0

Tenshinotamago

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January 17, 2007

バットマン ビギンズ

『バットマン ビギンズ』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
裕福な家庭に育ったブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)だが、両親とオペラを見に行った際に強盗に襲われ両親を失う。復讐を誓うが、幼なじみのレイチェル・ドーズ(ケイティ・ホームズ)に否定され町を後にする。彼は犯罪者の心理を理解するため犯罪者となっていた。そんな彼に「影の同盟」なる組織を紹介する男が現れ、ラーズ・アル・グール(渡辺謙)を筆頭とする組織で様々な戦闘教育をうける。その後、街に戻ったウェインは荒廃しきった姿に落胆し、応用化学部のルシャース・フォックス(モーガン・フリーマン)の協力を得てバットマンとなり正義を行使するのだった。蝙蝠は幼少の頃からの恐怖の象徴であり、悪党に同じ恐怖を!との思いがこめられている。

バットマンはシリーズ通して初めて鑑賞しました。

何が凄いって出演者ですね。日本から渡辺謙を筆頭に、そりゃもう次から次へと有名人がぞくぞく出てくるじゃありませんか。しかもそれなりに役割もちゃんとしていてチョイ役って感じでもないんですねぇ。いやいやビックリしました。

さて、ストーリーとかどうなんでしょうね?。まぁそれなりにつじつまは合っているようですが、突っ込みたいシーンはやっぱりありますね。そもそもスラムでオペラ鑑賞ですか?大金持ちなのに?。犯罪者を理解するために犯罪を犯すってのは駄目でしょやっぱ。あれだけの屋敷なのに消化設備皆無ですか?。「影の同盟」はあんな凄い所にいて食料とかよく調達出来ますね?。と隙だらけってわけで、まだまだありますがまぁいいでしょう。

やはり、見せ場は豪華な俳優陣と執事、バットモービルでしょうか?。これはなかなか楽しめましたね。そんなもんかな?。
★2

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January 15, 2007

燃ゆるとき

『燃ゆるとき』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
アメリカに進出しカップ麺の販売で苦しんでいる日本の会社があった。買収の話がある中、社長(津川雅彦)は1年の期限付きで立て直しをある幹部・深井(鹿賀丈史)に託す。そして、深井とともに資材担当の川森(中井貴一)もアメリカへ。果たして1年で赤字対質を改善出来るのか?買収せず済むのか?。

なんというか見せ場がよく分からない作品ですね。

資材担当の深井が翻弄し、試行錯誤のうえで厳選した油とレモンを使ったカップ麺を作り出したシーンまではよかった。

しかし、話はどんどんカップ麺から離れてゆく。セクハラ?組合問題?いくら資材担当の川森が優秀とはいえ、組合問題で必要なのか?。

やっぱり、復活のきっかけはボロボロだった工場を立て直した一つのカップ麺であり、そのカップ麺を作った日本人と現地人達の共同作業が魅力だったわけで、そこんところを早々にケリつけて、次の課題に移ってしまうというのが残念でしたね。カップ麺だけで2時間弱の作品にした方が面白かったろうと思いますよ。

無理にアメリカで考えられる問題点を詰め込んでも、コンサル作品じゃないんですから意味無いでしょう。やっぱり”燃えた”のは麺ですよ麺。
★2

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January 11, 2007

ナルニア国物語

『ナルニア国物語 第1章:ライオンと魔女』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
C.S.ルイス原作のベストセラーファンタジーをディズニーが映画化。
戦争により疎開したペベンシーの4兄弟姉妹が、疎開先でかくれんぼ中にナルニア国へつながるタンスに入ってしまった。ナルニア国では白い魔女によって冬の時代が100年続いていたが、ペベンシー達は伝説の英雄だった。かくしてアスランを筆頭とした動物やケンタウロス風の正義軍団と、魔女がひきいるモンスター軍団との戦闘がはじまる。

これって本当に3大ファンタジー?嘘でしょ?というのが第一印象。原作は読まずいきなり映画を観ました。ディズニーって時点で嫌な予感がしたんですよ。ゲド戦記の時もそうですが、監督や関係スタッフがどれだけ作品を愛しているか?が重要で、”仕事”をされるとこうもダメになるものか...って事でしょうね。

とにかく最初から最後まで違和感だらけ。ディズニーだから映像的な仕上がりは今なら標準レベルでしょうが、キャラクターが不細工過ぎますね。
また、ナルニア国に生きる者達が全て英語を喋るってのもなんなんでしょうか?って感じ。分かりますけど、どうせなら頭の中に直接伝わってきちゃうとか工夫してもよかったんじゃないかな?。

ペベンシー4兄弟姉妹もどこか苛つく設定。特にエドマンドはなんなんでしょうか?。お菓子欲しさに仲間を裏切り、助けて貰ったと思ったら”兄貴がリーダーで...”とか言いながら自分は高い所から悠々としている。何様のつもりよ?。確かに魔女の杖を破壊し、人間の中では唯一負傷したけれども、そんなんじゃ騙されないぞ!ってくらい憎たらしいやつだ。

いったい何がいいたいの?って感じですね。魔女を倒し、世界を100年前に戻すのがメインなら戦闘シーンをもっとしっかり作るべきだし、エドマンドを中心とした心理描写が見せ場なら、気持ちの変化を急がず丁寧に見せるべきだった。
2時間20分かけても、全部を無理矢理詰め込んだら分かりにくくなるのは当然ではないだろうか?。大失敗ですね。観るべき所が見つかりません。
★2

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January 08, 2007

硫黄島からの手紙

硫黄島からの手紙』 を劇場で鑑賞。

Ioujima

あらすじ:
アメリカ軍は、日本本土爆撃のB29を護衛する戦闘機の拠点として硫黄島に向かった。1944年6月。日本は本土防衛の最後の砦である硫黄島を栗林忠道中将(渡辺謙)に託す。栗林はこれまでの戦闘方法にこだわる事なく、アメリカ留学時の経験も生かして戦術を練るのであった。かくして1945年2月。硫黄島の戦闘など5日で終わるだろう目論んだアメリカの猛攻撃に対し、36日間もの激戦をくりひろげ、アメリカに大きな打撃を与えるに至った。届く事のなかった当時の兵士達の手紙が見つかり、我々は2006年から1944年にタイムスリップする。

クリント・イーストウッド監督は、本作を戦争映画ではなく、戦争が与える影響を描きたかったとコメントしている。
そして、その狙いは見事に達成されていると思う。

さまざまな個人が登場する。
・栗林中将を演じた渡辺謙は、指揮者として、絶望の中にあっても最大限の戦果をあげねばならない苦悩と、家族のため死んでゆく悲しさを見せてくれる。
・西郷を演じた二宮和也は、若い兵として、素直に戦争に対し疑問とあきらめを露にし、本土の妻とまだ見ぬ子供に思いをはせる。
・バロン西こと西竹一中佐を演じた伊原剛士は、栗林中将同様、真の戦闘とは?を知っている。そして、戦場で見える形の心のよりどころを見せてくれる。
・伊藤中尉を演じた中村獅童は、誇りのため喜んで死ぬ従来の特攻魂を見せ、しかし追い詰められた末に精神崩壊するさまを見せてくれる。
・そして捕虜になるアメリカ兵や投降した日本兵を射殺するアメリカ兵。彼らの背中に国は見えない。あくまで自分自身である。

戦争をテーマにしていて、このように様々な感情を全面に出した作品というのは記憶にない。どうしても中立的になれずプロパガンダ的要素を持っていることが多い。そんな中で、国境を越え俯瞰的に戦争を見た時に現れてくるイーストウッドの思いが痛いほど伝わってくる。本当にこの映画は感情にあふれていて、政治的なメッセージは影を潜めている。だからこそ違和感を感じることなく、挿入される壮絶な戦闘シーンや、自決するシーンも”有”なんだと思う。

もはや戦争を知らない我々世代にとって「靖国」の存在は、散々聞いた事あるけど...何?。という人もいるだろうと思う。恥ずかしながら私もその一人である。「バンザイ」や「靖国」など、当時の日本魂までしっかり理解し、よくある戦争映画の枠を越えた完成度で作品を世に送り出したイーストウッド監督に驚き、この作品が全て日本語で作成されている事に対して更に驚かざるをえない。映画もそういう一面も持っているのだという事を知った。
★5

p.s
2006年12月9日にフジTV系で放送された 『戦場の郵便配達』 を見ました。
CGもしょぼく、俳優の演技もドラマの域をでませんが、当時の資料映像など使われており、限られた予算で勢いで仕上げたあたりはフジらしいですね。
で、ドラマにでてくる市丸利之助少将って誰?と思ったら海軍のTopだったんですね。
硫黄島の戦闘に関してはまだまだ知らない事が多いです。

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January 04, 2007

ミュンヘン

『ミュンヘン』 をDVDで鑑賞。

あらすじ:
1972年のミュンヘンオリンピックで、パレスチナ秘密武装組織「黒い9月(ブラックセプテンバー)」によるイスラエル選手殺害事件が起こる。イスラエルは秘密裏に報復を行うため5人の暗殺グループを送り出す。パレスチナ側のターゲットは11人。およそ極悪人とは思えないターゲットを1人づつ爆弾で殺害してゆくのだが、いつしか自分達も狙われる立場である事に気がつき、愛する家族を思う気持ちと恐怖、任務遂行の葛藤に苦しむ。

まず、この作品を消化するには、中東の歴史を知っておく必要があると感じました。監督・スティーブン・スピルバーグ氏はそういう歴史的背景を知ったうえで観る事を期待してると思います。必要最低限の説明だけ挿入されていて尚2時間を越えている作品ですから、ココで解説映像を永遠と見せられてしまうと疲れてしまうわけで、監督のバランス感覚が問われるテーマなんですよね。

政府を主役にしたプロパガンダ的作品にしてしまうのを嫌ったのか、報復するイスラエル人の個人(5人)を主役に据えて身近な問題に見せようと試みています。前半はテロ避難だったんですが、中盤以降は個人レベルでの報復に対する恐怖に問題をすり替えていて、どうもごまかされているようにすら感じます。
また、ユダヤ人である彼が、映画化のためか中立の立場をとっている風にイスラエル側からの声も挿入されてはありますが、歴史的背景の説明は不足していると言わざるをえず、従ってイスラエル、パレスチナ双方から避難される仕上がりだし、やっぱり主役をイスラエル人にした時点でイスラエル視点になっており、結局は単なる反テロ作品なんですよね。
それなのに、1つ1つの報復プロットが長すぎて、しかも単調過ぎるため疲れてしまいました。
しかも途中から反テロ路線から報復反対路線に方針転向されてしまうもんだから何が言いたいの?と思ってしまい、盛り上がりの無さもあって疲労感たっぷりです。

戦争反対、報復反対と言うのは分かりますが、本当に言いたかったのはなんだったんでしょうか?非常に分かりにくいです。思いが重すぎて言いたい事が整理出来ていない気がします。特に後半の方針変更が苛立たしく感じます。個人的にはもっとすっきり出来ないものでしょうか?と言いたいです。この辺がスピルバーグの世界なんでしょうね。立ち位置が微妙で、作品としての盛り上がりも少なく、自己満足的描写が多いところからすると、映画評論家意外の観客は置いてきぼりにしてもやむなしと割りきっているように感じます。

ユダヤ人問題を訴えたいのか?。
アメリカを初めとした中東干渉を問題としているのか?。
テロリストを問題としているのか?。
テロ行為に対する報復の無意味さを問題としているのか?。
それとも、平和よ~~っ!って?。

最後に故郷イスラエルに帰りたくないと応える主人公と、その背後に見えるワールドトレードセンターがスピルバーグ氏の言いたい事だとするならば所詮そんなものなの?という感じですね。

あまり期待していなかったのでDVDにしましたが予想通りでした。
中東問題を勉強するきっかけくらいにはなりました。
★3

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January 01, 2007

サウンド・オブ・ミュージック

『サウンド・オブ・ミュージック』 をDVDで観賞。

あらすじ:
家族を失い、あてもなく修道院に身をよせたマリアだが、彼女のあまりにも自然なふるまいは時として修道院の規律を越えてしまうのだった。彼女は野山で歌い、踊り、そうこうしている間についつい時間を忘れ遅刻してしまうのだった。憎めない性格だったが、修道院の規律を守るために、彼女をトラップ大佐の家庭教師として送り出す。トラップ家はオーストリアの立派な家。しかし母親を亡くした7人の子供達は寂しさを隠すため悪さに明け暮れる毎日だった。大佐はというと、規律を重んじる性格からマリアを否定するが、子供達と打ち解け合うマリアを見て、ついに母親役として認め、自分自身もマリアに惹かれている事に気づく。そんな時、第二次世界大戦が始まるのだった。招集されるトラップ大佐はどうするのか?。

とにかくビックリし、自分を責めました。よくぞ1960年代にこれだけの作品が出来ていて、何故今まで見なかったのか?という事ですね。

友情、恋愛、戦争、音楽、自然があり、そして家族がある。大自然の中に描かれるこれらストーリーは全くよどみなく、一点の曇りもありません。そして、そのストーリーに「ドレミの歌」や「エーデルワイス」が心地よく響きます。
ミュージカル映画の傑作。確かにそう思いました。「シカゴ」「RENT」など見てきましたが、全くひけをとらないばかりか更に上をいっている。

様々なメッセージが詰まっていて、しかし見る側に全てを押しつけるような無粋な事がない。だから見る側は自分がみたいものを見て楽しめばよく、これこそ真のエンターテイメント作品だと思った。ややもすると小手先のテクニックに走り、見るものを選ぶ作品が多く見受けられる昨今、映画界が沈静化している原因を垣間見た気がする。

何故?私は今まで見なかったのか悔いるばかり。でも年明け早々にこんな良作と出合えた事を嬉しく思っている。
芸術作品とはかくあるべき。間違いなく永久保存の1本。
★5

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