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February 23, 2006

単騎、千里を走る。

単騎、千里を走る。』を劇場で鑑賞。

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高田剛一(高倉健)と息子・健一(中井貴一)は疎遠であり、息子が入院している事を嫁・理恵(寺島しのぶ)から聞かされ、わざわざ見舞いに行ったのに拒否されてしまう。
嫁は家族団欒を夢に、夫・健一を理解して貰おうと仕事ぶりを記録したビデオテープを渡すのだった。
そこには中国雲南省で取材している息子の映像があり、仮面劇が取材されTVで放送されたものが記録されていた。
記録の最後に、翌年「単騎、千里を走る。」を披露するからまた来てくれと、そう健一は言われていたが、今は病院のベットの上...。

帰宅しビデオを見た剛一は、突然に中国行きを決意する。
息子が行くはずだった「単騎、千里を走る。」を自分で撮ろうというのである。
それはビックリな展開。
まぁそうじゃないと物語りは始まらないのだが、まだ息子の検査結果も出ていないのに、理解しあいたい!という想いだけでそこまで行動できるものなんだろうか?。
映画の中でも嫁が「そんなつもりでビデオを...」と言っているが、全く同じ気持ちである。
正直言ってこの強引な展開で気持ちは離れてしまった。(でも序盤なんだよね...)

もちろん、剛一は中国語など話せない。
最初の数日こそ旅行会社の通訳がついたが、あとは孤独。
そんな孤独な旅人を温かく迎えいれる中国の人達。
これはある意味で洗脳かもしれないぞ...とすら思ってしまう。
「世界うるるん滞在記」という番組がある。
日本ではそれなりに知られた芸能人が、単独(カメラマンはつくが)現地に飛び込む番組である。
が、やっぱり最初殆どは苦労する。
そりゃそうだ。
まともに意思の疎通も出来ずジェスチャーだけでなんとかなるほど世の中あまくない。
例え病気の息子をダシに使ったとしても である。

そんなわけで、父親が中国でごちゃごちゃしている最中に息子がガンであると判明し、「単騎、千里を走る。」を記録する前に逝ってしまう。

監督である張芸謀(チャン・イーモウ)のテーマは "顔と顔を会わせ、人と人とが交流する" であるという。
確かにその目標は達成されたと思うが、どこか薄っぺらさを感じてしまう。
ふとチラシを見て納得した。「HERO」や「LOVERS」の監督だったのか...。
どうりで映像的な部分は見応えがあったが、ストーリーが陳腐なハズだ。

高倉健氏の演技はさすがに重さがある。
悪く言えばいつもと同じという事になるのだが、私にとっては、あの寡黙で頑固な所が魅力なのだから今回もOKである。
しかも少年ヤン・ヤンとの鬼ごっこでは少しチャーミングな一面を見ることも出来た。
それがせめてもの収穫か...。
でも、デジカメや携帯をビシビシ使いまくる高倉健氏をみると個人的には違和感を感じる。

父親と息子。
感動させるぞ!泣かせるぞ!分かっていたけど、やっぱりすすり泣く人はいらっしゃいましたね。
私も胸が熱くなるシーンはありました。
でも泣けない。いつも思いますが、何故私は泣けないんだろう?。
それも仮面を外していないって事なの?。
★2

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Tracked on February 23, 2006 at 11:19 PM

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